シリーズ事業承継④ 継事業承継税制(特例措置)の活用判断──活用の検討と落とし穴

シリーズ最終回となる第4回では、事業承継税制(特例措置)の活用判断について解説します。
事業承継税制(特例措置)は、自社株の贈与税・相続税の納税が猶予・最終的に免除される制度として、多くの解説記事で「中小企業の事業承継の切り札」として紹介されています。確かに、活用すれば数千万円から数億円規模の税負担を軽減できる強力な制度です。
しかし、現場で経営者の方と向き合っていると、「活用を検討すべき会社」と「慎重に検討すべき会社」があることを強く感じます。また、事業承継税制は相続問題をすべて解決する制度ではありません。相続全体に与える影響を理解せずに活用してしまうと、税負担は軽くなったのに別の問題が生じる、ということが起こり得ます。
この記事では、制度の概要を簡潔に整理したうえで、活用判断のための視点と、相続全体への影響を、税理士の現場感覚でお伝えします。
なお、この記事の対象は法人版・非上場株式等に係る事業承継税制の特例措置です。個人版事業承継税制は対象資産や手続が異なるため、別途検討が必要です。
事業承継税制(特例措置)の概要
事業承継税制(特例措置)は、後継者が先代経営者から非上場株式を贈与または相続で取得した際に、その株式に係る贈与税・相続税の納税が猶予される制度です。
一定の要件を満たし続ければ、最終的には免除されます。
特例措置の主な特徴は次の通りです。
- 対象株式数の上限が撤廃され、全株式が対象
- 納税猶予割合が100%(一般措置は相続税80%)
- 親族外を含むすべての株主から、複数の後継者(最大3人)への承継が対象
- 雇用維持要件が実質緩和(5年平均8割を下回っても、正当な理由があれば継続可能)
期限についても押さえておきましょう。
| 期限 | 内容 |
|---|---|
| 特例承継計画の提出期限 | 令和9年(2027年)9月30日まで |
| 贈与・相続の実行期限 | 令和9年(2027年)12月31日まで |
特例承継計画の提出期限はこれまで複数回延長されてきましたが、実行期限である令和9年12月31日は延長されない方針が、政府により繰り返し明確化されています。
なお、適用には申告期限内申告が基本要件であり、期限後申告や修正申告からの後出しでの適用は原則として認められません。適用後も都道府県への年次報告、税務署への継続届出書(特例経営承継期間中は毎年、その後は3年ごと)が必要です。手続き面の管理体制は、活用判断の前提条件として重要です。
「活用を検討すべき会社」の傾向
事業承継税制(特例措置)が有効に機能しやすい会社の傾向を整理します。
①自社株の評価額が大きく、税負担インパクトが大きい
税負担の軽減という制度の本質的なメリットを享受できるのは、自社株の評価額が大きい会社です。
評価額が小さく、税負担が元々軽微な会社では、後述する諸要件・諸リスク・継続管理コストとのバランスを慎重に検討する必要があります。
②後継者が長期的に代表者として継続する意思と適性がある
適用後5年間は、後継者が代表者であり続けること、対象株式を継続保有すること、雇用を8割以上維持することが要件となります(雇用要件は正当な理由があれば緩和可能)。5年を超えても、株式の継続保有等の要件は続きます。長期的に経営に関わる後継者でなければ、制度の利用が難しくなります。
③後継者以外の相続人がいない、または相続人間の合意が得られている
これは後述する「相続全体への影響」と関係する重要な視点です。後継者以外に相続人がいる場合、事業承継税制を使っても他の相続人の相続税負担や遺留分への影響は残ります。家族間の合意形成が前提条件となります。
④自社株以外にも分けられる相続財産が十分にある
後継者以外の相続人への代償分割の原資(現金、生命保険、死亡退職金、不動産など)が確保できる会社は、事業承継税制の活用に伴う相続争いのリスクを抑えられます。
⑤継続的な要件管理を行える体制がある
適用後は、適用後は、当初5年間の年次報告・継続届出に加え、5年経過後も納税猶予が続く限り、税務署への3年ごとの継続届出が必要です。したがって、制度利用後の管理は5年で終わるものではなく、免除事由が生じるまで長期にわたります。顧問税理士との連携体制が整っており、毎年の手続きを着実に進められる会社が望ましいです。
「慎重に検討すべき会社」の傾向
逆に、事業承継税制(特例措置)の活用を慎重に検討すべき会社の傾向です。
①後継者の長期的な代表者継続に不確実性がある
後継者の年齢や健康、本人の意思、業績の見通しなどから、長期的な代表者継続が不確実な場合、要件違反による取消リスクを抱えることになります。
②取消事由の発生リスクを抱え続けることへの抵抗感がある
事業承継税制は、要件違反があれば納税猶予が取消され、猶予されていた税額と利子税の一括納付が必要になります。
「経営の自由度を制約されたくない」「リスクを抱え続けたくない」という経営者の心理は、現実的に大きな要素です。
③相続財産の大部分が自社株で、他の相続人への分配原資が乏しい
後述する通り、事業承継税制を使っても他の相続人の相続税負担はゼロにはなりません。むしろ増える可能性があります。
代償分割の原資が乏しい会社では、家族間の合意形成が困難になりがちです。
④自社株の評価額が小さく、税負担インパクトが軽微である
税負担が元々小さい会社では、制度活用の手間・コスト・リスクが、税負担軽減のメリットを上回る可能性があります。
⑤将来的にM&Aを選択肢に含めたい
事業承継税制の適用中にM&Aで売却すると、原則として猶予税額の納付が必要になります(5年経過後・事業継続困難な一定の事由がある場合は税額の再計算による軽減あり)。将来的にM&Aの選択肢を残しておきたい会社では、制度活用が選択肢を狭める可能性があります。
相続全体への影響──最も見落とされやすい論点
ここから、この記事の核心となる論点をお伝えします。
事業承継税制を使えば、相続問題はすべて解決する──そう誤解されがちですが、実際にはそうではありません。
事業承継税制は税務上の納税猶予制度であって、民法上の相続問題(遺留分・特別受益・遺産分割)を解決する制度ではないのです。
「税負担の猶予」と「相続財産からの除外」は別物
事業承継税制を使っても、株式の価額が相続財産から消えるわけではありません。後継者が取得した株式に対応する贈与税・相続税について、納税猶予を受けるという構造です。
つまり、株式の価値そのものは相続税の計算上も、民法上の遺留分計算上も、依然として存在しています。後継者の納税負担は猶予されますが、他の相続人の権利や負担には影響を与え続けます。
具体的な数値例で見る「3つの影響」
ここでは、具体的な数値例で、後継者以外の相続人にどんな影響が及ぶかを確認します。
ポイントは、事業承継税制は後継者の納税を猶予するだけで、他の相続人の負担や遺留分の問題はそのまま残るということです。
なお、以下の例は分かりやすさを優先して大幅に簡略化しています。実際の計算は、配偶者の有無、債務、生命保険の非課税枠、小規模宅地等の特例など多数の要素で変わりますので、あくまで論点理解のための例としてご覧ください。
前提条件
- 父が死亡。相続人は子2人(後継者A、非後継者B)
- 後継者Aは、生前に事業承継税制で自社株の贈与を受けている
- 非後継者Bは株式をもらっていない
- 自社株の贈与時評価額:1億円
- 自社株の相続時の時価:2億円
- 父の死亡時に残っていた財産:現金6,000万円
- 遺言により、現金6,000万円はBが取得
- 債務、生命保険の非課税枠、小規模宅地等の特例、配偶者の税額軽減等は考慮しない
影響①:猶予されるのはAの税額だけ。Bは通常どおり課税される
事業承継税制で猶予されるのは、あくまで後継者A本人の相続税です。他の相続人Bが取得する財産に係る相続税は、通常どおり納付が必要になります。
この点を、具体的な計算で確かめてみます。
事業承継税制で贈与税の納税猶予を受けていた株式は、贈与者の死亡時に、後継者Aが父から相続により取得したものとみなされ、原則として贈与時の評価額で相続税の課税対象になります。
| 人 | 実際に取得したもの | 相続税上の課税価格 |
|---|---|---|
| 後継者A | 生前贈与済みの自社株 | 1億円 |
| 非後継者B | 現金6,000万円 | 6,000万円 |
| 合計 | 1億6,000万円 |
相続税は、各人の課税価格を合計し、基礎控除を差し引き、法定相続分で取得したものとして相続税の総額を計算し、その後、各人の課税価格の割合で按分する仕組みです。
子2人なので基礎控除は、3,000万円 + 600万円 × 2人 = 4,200万円。
課税遺産総額は、1億6,000万円 - 4,200万円 = 1億1,800万円。
これを子2人で法定相続分(各1/2)に分けると、それぞれの取得金額は5,900万円。相続税率表(5,000万円超1億円以下:税率30%・控除額700万円)を適用すると、
5,900万円 × 30% - 700万円 = 1,070万円 1,070万円 × 2人 = 相続税の総額:2,140万円
この総額を、実際の課税価格割合で按分します。
| 人 | 課税価格 | 按分割合 | 相続税額 |
|---|---|---|---|
| A | 1億円 | 1億円 / 1億6,000万円 | 1,337.5万円(納税猶予) |
| B | 6,000万円 | 6,000万円 / 1億6,000万円 | 802.5万円 |
ここがポイントです。事業承継税制によって猶予されるのは、Aの相続税1,337.5万円だけです。
Bが取得する現金6,000万円に対応する相続税802.5万円は、猶予の対象にならず、通常どおり納付が必要になります。
影響②:株式の時価で計算される遺留分
次に、民法上の遺留分への影響を見ます。
ここでも前提を整理しておきます。遺留分の問題は、事業承継税制を使ったから発生するのではなく、自社株を生前贈与したから発生するものです。事業承継税制は贈与税を猶予する制度にすぎず、遺留分の発生原因はあくまで「株式の贈与」という事実にあります。
なお、後継者Aへの株式贈与が遺留分算定の基礎財産に算入されるかどうかは、贈与の時期、Aが推定相続人かどうか、特別受益への該当性、当事者双方の認識などによって異なります。現行民法では、後継者が推定相続人である場合、原則として相続開始前10年以内の特別受益に当たる贈与が算入対象とされます(一定の場合は10年より前の贈与も算入され得ます)。以下では、Aへの株式贈与が遺留分算定の基礎財産に算入される前提で説明します。この点の判断は民法の領域であり、弁護士への確認が必要です。
そのうえで、税務と民法で「見ている価額」が違う点が問題になります。税務上は、Aの株式は贈与時評価額1億円で相続税計算に入りました。しかし、遺留分の場面では、相続開始時の時価が問題になります。
今回、自社株の相続時の時価は2億円です。
遺留分算定の基礎財産は、
自社株2億円 + 現金6,000万円 = 2億6,000万円
子2人だけの場合、Bの個別的遺留分は、
2億6,000万円 × 1/2(総体的遺留分)× 1/2(法定相続分)= 6,500万円
Bは現金6,000万円を取得しているので、
Bの遺留分6,500万円 - Bの取得額6,000万円 = 500万円
この場合、BはAに対して、遺留分侵害額500万円の金銭請求をする余地があります。
影響③:株価が上昇すると、ズレがさらに拡大する
ここがさらに重要なポイントです。
もし、後継者Aの経営努力で、自社株の相続時時価が3億円まで上がっていた場合を考えます。
税務上は、依然として贈与時評価額1億円で相続税計算に入ります。 しかし、民法上の遺留分は、相続時時価3億円ベースで計算されます。
自社株3億円 + 現金6,000万円 = 遺留分算定基礎財産 3億6,000万円
Bの個別的遺留分は、
3億6,000万円 × 1/2 × 1/2 = 9,000万円
Bは現金6,000万円を取得しているので、
9,000万円 - 6,000万円 = 3,000万円
つまり、株価が3億円まで上がっていた場合、BはAに対して3,000万円の遺留分侵害額請求をする余地が生じます。
| 自社株の相続時時価 | Bの遺留分侵害額請求の余地 |
|---|---|
| 2億円 | 500万円 |
| 3億円 | 3,000万円 |
つまり、Aが経営努力で会社価値を高めれば高めるほど、税務上はメリットがあっても、民法上はBの遺留分請求額が増えるという構造的なズレが生じます。
遺産分割と資金繰りの問題
ここで、Aの立場から見るとさらに難しい問題が浮かびます。
Aは事業承継税制で株式の納税猶予を受けているとはいえ、株式自体は換金性が低く、売却して現金化することは現実的に困難です。一方、Bへの遺留分侵害額の支払いは金銭で行う必要があります。
つまり、Aは「株式を承継したが、それを売れないままBへ3,000万円の現金を支払う」という資金繰りの問題に直面します。事前に代償金原資(現金、生命保険、死亡退職金など)を準備しておかなければ、株式の一部譲渡や個人借入で資金を捻出することになり、結果として事業承継税制の継続要件にも影響を及ぼす可能性があります。
数値例から導かれる教訓
ここまでの数値例から、3つの重要な教訓が見えてきます。
①事業承継税制が猶予するのは「後継者の税額」だけ。相続全体の問題は解決しない
事業承継税制で猶予されるのは、後継者Aの相続税だけです。他の相続人Bが取得する財産に係る相続税は、猶予の対象にならず、通常どおり納付が必要です。また、Bは相続した財産の中から自分で納税資金を用意する必要があります。「後継者の納税は手厚く猶予されるが、他の相続人には何の手当てもない」という非対称性が、家族間の不公平感につながりやすいのです。
②税務上の評価額(贈与時価額)と、民法上の評価額(相続時時価)はズレる
自社株を生前贈与した場合、税務上は贈与時の評価額で相続税計算に入りますが、民法上の遺留分は相続開始時の時価で計算されます。後継者の経営努力で株価が上がるほど、このズレが拡大し、遺留分侵害額請求のリスクが高まります。これは事業承継税制の有無とは関係なく、「自社株を生前贈与すること」自体に伴う論点です。
③後継者は「株式を承継したが、現金が出ていく」状況になり得る
遺留分侵害額の支払いは現金で行う必要があり、株式を売却しにくい非上場会社では資金繰りが課題になります。後継者の納税は猶予されても、他の相続人への支払資金は別途必要なため、代償金原資の事前設計が欠かせません。
つまり、事業承継税制は「後継者の納税猶予」には強力に効くものの、相続全体の公平性・他の相続人の負担・遺留分・資金繰りといった問題は、別途設計しなければ解決しないということです。「事業承継税制を使えば相続対策は完了」という理解は、大きな落とし穴になります。
では、どう備えるか
こうした相続全体への影響に対しては、いくつかの備え方があります。
ひとつは、経営承継円滑化法の「遺留分に関する民法の特例」(除外合意・固定合意)の活用です。推定相続人全員の合意を前提に、自社株を遺留分算定の基礎財産から除外したり、算入価額を合意時の時価に固定したりできます。先ほど見た「税務上の価額と民法上の価額のズレ」への対応策になり得ますが、民法上の論点であり弁護士の領域となります。
なお、除外合意・固定合意は、推定相続人全員の合意だけで効力が生じるものではなく、所定の手続に従い、経済産業大臣の確認および家庭裁判所の許可を受ける必要があります
もうひとつは、代償金・遺留分侵害額の支払資金の確保です。生命保険金、死亡退職金、現預金など、後継者以外の相続人へ渡せる原資を、事業承継税制の検討と並行して設計しておく必要があります。
いずれも、事業承継税制の活用判断とセットで、早めに専門家へ相談しながら進めることをおすすめします。
おわりに
全4回にわたって、事業承継の論点を解説してきました。事業承継は、税制・会社・家族のすべてが絡む複雑な意思決定です。
だからこそ、早めに専門家と対話を始めて、自社にとっての最適解を一緒に探していくことをおすすめします。
ウィルライトの事業承継サポート
ウィルライトでは、事業承継税制の活用判断を含む、事業承継の総合的なサポートを行っています。
「うちの場合、事業承継税制を使うべきか」「相続全体への影響をどう考えればよいか」を整理したい経営者の方は、お気軽にご相談ください。
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関連記事
シリーズ全4回:
- 第1回:事業承継は何から始める?最初の3ステップ
- 第2回:自社株評価の基本──「いま動くか」を腰を据えて考えるために
- 第3回:事業承継の3つの選択肢を比較する
- 第4回:事業承継税制(特例措置)の活用判断(本記事)
※本記事は2026年5月時点の情報に基づいて作成しています。事業承継税制の要件や期限、関連する税制は今後変更される可能性があります。実際の活用判断にあたっては、最新の情報をご確認のうえ、専門家にご相談ください。また、遺留分・特別受益などの民法上の論点については、弁護士にご相談ください。なお、本記事の数値例は分かりやすさを優先して大幅に簡略化しています。実際の計算は配偶者の有無、債務、生命保険の非課税枠、小規模宅地等の特例など多数の要素で変わるため、個別の試算は税理士にご相談ください。
