シリーズ事業承継③ 事業承継の3つの選択肢──親族内・従業員・M&Aの違いを税理士が解説

事業承継には「誰に承継するか」という大きな選択肢があります。親族内承継・従業員承継・第三者承継(M&A)の3つです。
第1回・第2回でもお伝えしてきたように、事業承継は3〜5年の準備期間をかけて進めるものです。その出発点として、「どの選択肢が自社に合っているか」を冷静に比較することが欠かせません。
「長男に継がせるつもり」「うちはM&Aは考えていない」と、最初から1つに絞ってしまう経営者の方は少なくありません。ただ、選択肢を1つに絞り込むのは、各選択肢を比較検討した後であるべきです。最初から絞り込んでしまうと、自社にとってより良い選択肢を見逃すことになります。
この記事では、3つの選択肢の特徴と、それぞれが適している会社の傾向を整理したうえで、選択肢の比較だけでは見落とされがちな視点についても、税理士の視点でお伝えします。
3つの選択肢の全体像
まず、3つの選択肢の特徴を一覧で整理します。
| 観点 | 親族内承継 | 従業員承継(MBO等) | 第三者承継(M&A) |
|---|---|---|---|
| 後継者 | 子・配偶者など親族 | 役員・幹部社員 | 外部企業・個人 |
| 主な準備期間 | 3〜5年 | 3〜5年 | 1〜2年 |
| 株式取得の対価 | 主に贈与・相続 | 買取(資金調達が論点) | 譲渡(売却対価が入る) |
| 経営者の引退後 | 退任後も影響力を持ちやすい | 関係性は維持されやすい | 完全に経営から離れる |
| 主な税務論点 | 贈与税・相続税 | 株式買取資金の調達 | 譲渡所得課税・税務DD |
| 想定される課題 | 後継者の意思・適性 | 資金調達・連帯保証の引継ぎ | 買い手探し・条件交渉 |
ここから、それぞれの選択肢を詳しく見ていきます。
親族内承継── 最も伝統的な選択肢
親族内承継は、子や配偶者など親族に承継する方法です。事業承継の最も伝統的な形であり、いまも多くの中小企業で選ばれています。
親族内承継のメリット
- 早期から準備に着手できる:後継者候補が決まっていれば、長期的な育成計画を立てられる
- 株式取得の資金調達が不要:贈与や相続によって株式を移転できるため、後継者が株式買取資金を準備する必要がない
- 従業員・取引先の理解を得やすい:「お子さんが継ぐ」という形は、関係者の心理的受容性が高い
- 創業者の意思・理念を継承しやすい:長年共に過ごしてきた親族であれば、経営の価値観も自然と引き継がれやすい
親族内承継のデメリット・注意点
- 後継者の意思・適性の問題:本人が継ぐ意思を持っているか、経営者としての適性があるかは慎重に見極める必要がある
- 相続人間の調整:複数の相続人がいる場合、自社株を後継者に集中させると、他の相続人との間で遺留分の問題が生じる可能性がある
- 贈与税・相続税の負担:自社株の評価額によっては、税負担が想定外に大きくなることがある
- 株式分散のリスク:後継者以外の親族に株式が分散すると、将来の経営判断に支障が出る可能性がある
親族内承継が適している会社の傾向
- 後継者候補(親族)の意思が明確である
- 後継者の育成期間を確保できる(経営者の年齢に余裕がある)
- 相続人間の合意形成が可能な家族関係
- 自社株の評価額が極端に高くない、または株価対策が機能する余地がある
従業員承継(MBO等)── 親族外への引継ぎ
従業員承継は、役員や幹部社員など、社内の人材に承継する方法です。MBO(マネジメント・バイアウト)と呼ばれることもあります。後継者となる従業員(または従業員が設立した会社)が、経営者から株式を買い取る形で行われます。
従業員承継のメリット
- 会社をよく知る人材が継ぐ:事業内容・社内文化・取引先関係を熟知した人物が承継するため、経営の連続性が保たれやすい
- 従業員のモチベーション向上:「自分たちの中から次の経営者が出る」という事実は、組織全体に良い影響を与える
- 事業の継続性が高い:従業員にとっても自分の職場が守られるため、組織への愛着を持って承継できる
従業員承継のデメリット・注意点
- 株式買取資金の調達:従業員個人が会社の株式を買い取るには、相応の資金が必要。金融機関からの借入で対応するケースが多いが、後継者の個人保証や負担が重くなりがち
- 連帯保証の引継ぎ:経営者の個人保証を、後継者がそのまま引き継ぐ場面が出てくる。経営者保証ガイドラインの活用など、慎重な設計が必要
- 株主構成の整理:先代経営者の株式をすべて買い取れず、しばらくの間「先代=大株主、後継者=経営執行」という二重構造になることがある
- 税務上の論点:株式の譲渡対価が時価と乖離している場合、みなし贈与等の税務リスクが生じる可能性がある
従業員承継が適している会社の傾向
- 親族に後継者がいない、または親族以外の方が適任である
- 経営を任せられる従業員(役員・幹部)が育っている
- 株式買取資金の調達が現実的に見込める(金融機関の理解、後継者の信用力)
- 経営者と後継者候補の信頼関係が長年構築されている
第三者承継(M&A)── 一般化してきた選択肢
第三者承継、いわゆるM&Aは、外部の企業や個人に株式を譲渡する方法です。後継者がいない中小企業の選択肢として、近年急速に一般化してきました。
M&Aのメリット
- 後継者問題を根本的に解決できる:社内に承継者がいなくても、外部から見つけることができる
- 創業者利益を実現できる:株式譲渡の対価として、まとまった資金を手にできる。引退後の生活資金や、新たな事業への投資原資となる
- 従業員の雇用・取引先関係を守れる:会社そのものを残せるため、廃業と違って雇用も取引先関係も維持できる
- 準備期間が比較的短い:親族内承継・従業員承継より、検討開始から実行までの期間が短く済むことが多い
M&Aのデメリット・注意点
- 買い手が見つかる保証はない:希望する条件で買い手が見つかるとは限らない。業種・規模・地域・業績によって、買い手の集まりやすさが大きく異なる
- 経営の自由度が失われる:譲渡後は、買い手の経営方針に従うことになる。会社の理念や文化が変わる可能性もある
- 譲渡所得課税の負担:株式譲渡益に対して20.315%(所得税・住民税・復興特別所得税)の課税が発生する
- デューデリジェンス対応の負担:買い手による精査(財務・税務・法務)に対応するため、相当の資料準備と工数が必要
- 仲介手数料:M&A仲介を利用する場合、成功報酬として譲渡対価の一定割合(数%程度)が必要になることが一般的
M&Aが適している会社の傾向
- 親族・従業員に適切な後継者がいない
- 単独で事業を継続するより、より大きな企業の傘下に入った方が成長機会がある
- 経営者が引退後の生活資金や新事業への原資を確保したい
- 自社の事業内容・業績が、買い手にとって魅力的である
「どれが正解」ではなく「どれが自社に合っているか」
ここまで3つの選択肢を見てきましたが、どれが優れているということはありません。会社の状況、後継者候補の有無、経営者ご自身の考え、家族関係、財務状況──これらの要素の組み合わせで、最適な選択肢は変わります。
ありがちな勘違いとして、次のようなものがあります。
- 「M&Aは身売り」という偏見:かつてはネガティブに捉えられがちでしたが、いまは事業継続の有効な手段として、多くの中小企業で選ばれています
- 「親族内承継こそ正道」という思い込み:親族に適任者がいないのに無理に承継させると、会社にも親族にも不幸な結果を招くことがあります
- 「従業員承継は資金的に無理」という諦め:金融機関の融資や、種類株式の活用、段階的承継など、工夫の余地はあります
経営者ご自身の感覚で「うちはこれしかない」と思っていても、実際に税理士や専門家と話してみると、別の選択肢の可能性が見えてくることがよくあります。
数字の比較を超えて──事業承継で本当に大切なこと
ここまで、3つの選択肢を税務・財務の視点で比較してきました。一般的な事業承継の解説書も、この水準の比較で終わっているものがほとんどです。
しかし、実際の現場で経営者の方と向き合っていると、数字の比較だけでは見えてこない大切な視点があると感じます。最後に、それを2つお伝えしておきます。
視点1:「承継後の自分」から逆算する
選択肢を比較する前に、ご自身に問いかけていただきたいことがあります。
「承継後、自分はどう関わりたいか」
事業承継後の経営者の関わり方には、大きく3つのパターンがあります。
- 完全引退:経営からきっぱり離れ、第二の人生を歩む
- 会長・相談役として残る:日常の経営は後継者に委ね、重要な局面でのみ関わる
- アドバイザーとして関わる:会社からは離れるが、必要に応じて助言する立場
実は、この「承継後の関わり方」によって、適切な選択肢は大きく変わります。
- 「完全に経営から離れたい」のであれば、M&Aが最も整合します
- 「会長として影響力を残したい」のであれば、親族内承継・従業員承継の方が自然です
- 「自分の引退後の人生設計(生活資金・健康・やりたいこと)」が固まっていなければ、選択肢の優先順位もつけにくい
多くの経営者は「誰に承継するか」を先に考えますが、実は**「承継後の自分」を先に考えた方が、選択肢の比較が明確になります**。3つの選択肢を比較する前に、まずご自身の引退後の姿を描いてみてください。
視点2:税務的な最適解と、家族の合意は別物
事業承継には、税務・財務だけでなく、家族の感情や関係性が深く絡みます。
税理士が試算すれば、「自社株の評価額がこれくらいだから、贈与税はこれくらいで、結果としてこの選択肢が税負担を最も抑えられる」という最適解は出せます。しかし、それが家族の納得を得られる選択肢かは、別の問題です。
実際の現場では、次のような場面によく遭遇します。
- 税務的には親族内承継が有利だが、家族会議の結果、他の兄弟姉妹との関係を考えてM&Aを選ぶ
- 数字的にはM&Aで売却益を得るのが合理的だが、長年勤めてきた従業員の雇用を最優先したい
- 後継者候補の長男に継がせたいが、本人にその意思がない
こうしたとき、税理士の試算は「判断材料の一つ」に過ぎません。家族会議で時間をかけて話し合い、ご家族全員が納得できる選択肢を選ぶ──それが、事業承継の本来の進め方です。
「数字で最適だから、これを選びなさい」と言うのは、税理士の役割ではありません。「数字ではこういう結果になります。そのうえで、ご家族でどう判断されますか」と材料を提供し、判断のお手伝いをするのが、税理士の本来の関わり方だと考えています。
DXが進んでも、根っこの想いは変わらない
このシリーズでは「DX時代の事業承継」をテーマにお伝えしてきました。クラウド会計やAIによって、検討材料を揃えるコストは確かに下がりました。承継準備の質も、以前より高められるようになっています。
ただ、忘れてはいけないことがあります。
会社を作ったのは経営者ご自身です。
育ててきた事業も、信頼関係を築いてきた取引先も、共に歩んできた従業員も、すべて人の営みの積み重ねです。
事業承継とは、その営みを次の世代に引き継ぐことであり、その本質は人から人への想いの継承にあります。
DXが進んでも、この根っこの部分は変わりません。
むしろ、検討材料を揃えるコストが下がった分、本当に大切な議論(誰に何を残したいか、どう関わり続けたいか、家族とどう向き合うか)に、時間とエネルギーを使えるようになった──そう捉えるのが、DX時代の事業承継の正しい姿だと思います。
まとめ:選択肢を比較してから絞り込む
事業承継の3つの選択肢について、改めて整理します。
| 選択肢 | こんな会社に向いている |
|---|---|
| 親族内承継 | 後継者候補が明確で、育成期間も確保できる |
| 従業員承継 | 親族外に適任者がおり、資金調達の目途も立つ |
| M&A | 内部に後継者がいない、または事業の成長機会を求める |
そして、選択肢を比較する際には、次の2つの視点も大切にしてください。
- 「承継後の自分」から逆算する
- 税務的な最適解と、家族の合意は別物
次回は、シリーズ最終回として、事業承継税制(特例措置)の活用判断について解説します。「使うべき会社」と「慎重に検討すべき会社」の見極め方を、お伝えする予定です。
シリーズ全4回予定:
- 第1回:事業承継は何から始める?最初の3ステップ
- 第2回:自社株評価の基本──「いま動くか」を腰を据えて考えるために
- 第3回:事業承継の3つの選択肢を比較する(本記事)
- 第4回:事業承継税制(特例措置)の活用判断
ウィルライトの自社株シミュレーションサポート
ウィルライトでは、クラウド会計データを活用した自社株評価のシミュレーション、承継選択肢の比較検討、そして中長期の承継計画策定までを一貫してサポートしています。
「うちの会社の場合、いま何を準備すべきか」を整理したい経営者の方は、お気軽にご相談ください。
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※本記事は2026年5月時点の情報に基づいて作成しています。
具体的な税務判断については、個別事情に応じて税理士にご相談ください。
